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和菓子特殊銘柄品
戦火の中を 守り受け継がれ 現代に伝わる『十八の味覚』--Powerd By Hidenori Enokido
太平洋戦争中の昭和17年(1942)。長びく戦争で次第に物資がひっ迫、京都の老舗和菓子店では、菓子作りの継続が難しくなってしまいました。そんな中、これだけは何があっても残していこうという京都を代表する銘菓を、京都府が指定しました。その数、18品目。それが『和菓子特殊銘柄品』です。まさに京生菓子の十八番、「おはこ」と呼ぶにふさわしい老舗の銘柄なのです。戦火の中、京都の町衆が残そうとした銘菓。伝えようとした味。平和な時代を生きる私たちだからこそ、しっかりと記憶に残したい18の味覚をご紹介します。
【お断り】昭和17年当時に指定を受けた本家や職人が途絶え、庶流や他店に受け継がれた銘柄もあります。そのため、指定当時の店名、品名と違うものがありますので、ご了承ください。
1、御ちまき匠 川端道喜--かわばたどうき
・・・>ちまき
室町後期1503年創業。当時から「お朝物」と呼ばれる餅を朝御所に献上。明治天皇が東京に移るまで続いていた。京都御所には、「道喜門」という名の専用門が今も残っている。道喜粽は吉野葛の持ち味と笹の風味が鮮烈な印象を与える「水仙粽」と、こし餡を練りこんだ「羊羹粽」の2種類。どちらも上品でしっとりとした風味に仕上がっている。
2、とらや
・・・>虎屋饅頭-とらやまんじゅう
口伝によれば奈良時代から朝廷の御用を勤め、平安遷都に伴って京に移転。室町時代末期には、すでに「とらや」を名乗っていた。虎屋といえば羊羹の老舗と言われるほどの老舗だが、「虎屋饅頭」も古い歴史を持ち、鎌倉時代、宋留学を終えて帰国した聖一国師(東福寺開祖)が伝えた製法の流れをくんで現在も作られている。蒸籠の匂いの混ざった酒風味が一種独特の風格を醸しだす。
3、松屋常磐--まつやときわ

・・・>味噌松風-みそまつかぜ
承応年間、大徳寺の住職、江月和尚から銘菓「味噌松風」の製法を伝授されて創業、現当主で十六代目になる。御所や大徳寺、茶道の家元などに和菓子を納めてきた伝統は、今も続いている「味噌松風」は西京味噌と小麦粉に砂糖を加えて焼き上げた菓子。香ばしさと抑えた甘さは、とりわけ茶人好みといえる。昭和天皇も好まれ、今の皇太子が祖父にあたる天皇へのみやげに、お買い求めになられたこともある。

4、二条駿河屋--にじょうするがや
・・・>白外郎-しろういろう
白外郎という名の菓子はなく、6月30日の夏越祓に京都の町衆が好んで食す和菓子「水無月」のことと思われる。白外郎に小豆をのせ、三角形に包丁された菓子。小豆は悪魔払いの意味があり、三角の形は暑気を払う氷を表していると言われている。
5、亀屋良長--かめやよしなが
・・・>烏羽玉-うばたま
1803年創業。創業以来の銘菓「烏羽玉」は、二百年近い年月を経て、今なお昔のままの姿を残している。茶花のヒオウギの実「ぬばたま」をかたどった菓子で、黒砂糖とこし餡を寒天でくるみ、ケシ粒をかけたもの。平成元年、全国菓子博覧会において裏千家家元賞を受けている。敷地内に京三名水のひとつ「醒ヶ井」が湧き、菓子作りにいかされていることで有名。
6、亀末廣--かめすえひろ
・・・>竹裡-ちくり
1804年創業。三代目が四季の草花を色彩豊かに表現する干菓子を創案し、御所や二条城に菓子を納める老舗となった。「竹裡」は、大きな栗が沢山入っていて、この栗がソフトな味を出している。 栗は歯触りも柔らかく羊羹とよく合っている。 羊羹部分は竹の皮の香りが付き、独特な持ち味がある。
7、百万遍--かぎやひゃくまんべんかぎや
・・・>黄檗-おうばく
鎰屋の庶流として1916年創業。元禄以来の鎰屋の伝統を受け継ぐ。「黄檗」は、粟羊羹に豆の粉をまぶしたもので、口にふくむと粒々していて、それがトロッと崩れる。餅らしさをあまり感じさせない食感と落ち着いた風味が特色。粟をベースに品良く滑らかな感じでまとめていて、お茶にもお酒にもあう。
8、満月堂--まんげつどう
・・・>満月-まんげつ
江戸末期の1856年創業。比叡山で千日回峰修業を行なう阿闍梨がかぶる網代笠を象った「阿闍梨餅」と並ぶ満月堂の看板菓子が明治初期に考案された「満月」。明治期には旧九條公爵御用達にもなった銘菓だが、戦後三十年近く生産が途絶えていた。これを近年になって苦心の末復元。現在は土日祝日のみ本店で販売されている復刻菓子。
9、甘泉堂--かんせんどう
・・・>とりどり最中-とりどりもなか
祇園の細い路地に甘泉堂はある。 戦後、一時閉店し、その後再開、今もひっそりと暖簾が守られている。 代表銘菓「とりどり最中」は、大判の最中で皮に春夏秋冬の景色が描かれ、 それに応じて4種類の餡が入っている。春には粒餡、夏は白い柚のこし餡、秋にこし餡、そして冬には白い粒餡である。 どれもクセがなくあっさりしていて、素朴な手作りの感じが伝わってくる。
10、井筒八ッ橋本舗--いづつやつはしほんぽ
・・・>益壽糖-えきじゅとう
「益壽糖」は、江戸時代には滋養菓子・薬菓子としてその効用が全国に知られていた。それを伝えたのが、和漢薬の薬商。時代は下り、皇太子の病弱を心配した明治天皇が、「益壽糖」をお与えになったところ、食欲が回復しご健康を取り戻されたと伝えられている。
11、亀屋清永--かめやきよなが
・・・>清浄歓喜団-せいじょうかんきだん
1617年創業。大阪夏の陣の頃には、御所や寺社、武家への出入りし、名字帯刀を許されていた。「亀屋清永」を代表する銘菓が、「清浄歓喜団」。奈良時代に遣唐使によって伝わった唐菓子を代々作り続けてきたもの。その製法は、千年たった今も昔の姿を伝えている。店中の者が精進潔斎のうえで当主が月の一日と一五日を中心に調製されており、「清浄歓喜団」を求めるには必ず予約が必要となる。
12、総本家駿河屋--そうほんけするがや
・・・>古代伏見羊羹-こだいふしみようかん
1461年「鶴屋」の屋号で創業。後年、紀州徳川家の御用菓子司として代を重ねる。五代将軍綱吉の息女・鶴姫が紀州家へ輿入れの際、同名をはばかって鶴屋の屋号を返上。代わりに徳川家ゆかりの地、駿河の名を授かる。羊羹は、四代目が発想し、1658年六代目が完成させたと言われる。1589年に発売した羊羹「伏見羊羹」は、豊臣秀吉からも絶賛され、聚楽第で催された大茶会の引出物として供せられた。
13、本家玉壽軒--ほんけたまじゅけん
・・・>高砂饅頭-たかさごまんじゅう
1865年、「井筒屋嘉兵衛」の屋号で創業。禅宗をはじめとする各宗派の本山御用達として、永く愛用され続けている。明治に入り玉壽軒と改める。代表銘菓は、紫野大徳寺の地名を取って名付けられた「紫野」。冬季のみ販売される酒饅頭の「高砂饅頭」は、発酵させた酒の麹を絞り、皮に仕込んで一晩寝かせるなど、たいへんな手間がかかった一品。蒸したての風味は格別。
14、鶴屋吉信--つるやよしのぶ
・・・>柚餅-ゆうもち
1803年創業。創業以来、京都所司代に認可された「上菓子屋仲間」に所属する菓子司。屋号を現在の「鶴屋吉信」と定めたのは、三代目の時代。吉は「吉兆」、信は「信用」を意味している。代表銘菓「柚餅」は、明治初年に三代目が考案。花が落ちたばかりの青い柚子の実をすりつぶし、青芽柚子の香りを生かした豊かな風味をだしている。昭和八年、御大典記念に昭和天皇の買い上げになるなど、皇室からの用命も多い。
15、長久堂--ちょうきゅうどう
・・・>きぬた
1831年「新屋長兵衛」の屋号で創業。1853年、初代が絹地を打つ砧(きぬた)の音に感じ入り、銘菓「きぬた」を考案。反物を象ったデザインで、羊羹を白い絹に見立てた求肥で巻き、和三盆をまぶしてある。以来、京を代表する銘菓として愛され続けてきた。屋号を「長久堂」に改称したのは明治二十二年、二代目・長助とその妻・久の名を取ってつけられた
16、三條若狭屋--さんじょうわかさや
・・・>御所羊羹-ごしょようかん
約150年続いた本家若狭屋の庶流として1893年創業。「栗羊羹」、「白味噌羊羹」は、あっさり目でさらっとしている。 柔らかいがホロッとした口溶けが特徴。あっさりした寒天の感触、ほのかな白味噌の風味、散らした小豆の粒が食感を作っている。柔らかい白味噌風味が、はんなり「京の味」といったところ。
17、三條若狭屋--さんじょうわかさや
・・・>祇園ちご餅-ぎおんちごもち
「祇園ちご餅」は、京の夏の風物詩、祇園祭の行事にちなんで初代が考案した銘菓。甘く炊き上げた白味噌を求肥の皮で包み、竹串に刺して、表面には氷餅の粉をまぶしてある。三本一組にして赤・白・黄色の短冊で彩られ、竹の皮風の包みに収められている姿は、祭の華やかな稚児の風情が感じられる。
18、笹屋伊織--ささやいおり
・・・>どら焼き-どらやき
伊勢田丸町の菓子職人、笹屋伊兵衛が御所の命により上京し、1716年「笹屋」を創業。以来、御所や寺社、茶道お家元の御用を勤めた。明治に入り、御所から百官名の一つである「伊織」の名を授かり、現在の屋号となった。五代目は、今から百数十年前に寺から僧侶の副食となる菓子づくりを依頼され、寺の銅鐸を熟して皮を焼いた「どら焼」を発案した。現在でも弘法大師の命日をはさんで前後三日間販売されている。

不室屋
・加賀麩のお店 当店でも利用させていただいています。